神 戸 新 聞
3.歌劇(掲載日:2002/01/04)
夢の世界はぐくみあう
 
 天使のいたずらから男女二つの心を持って生まれた王女サファイアが、王位をめぐる争いに巻き込まれながらも恋や冒険に活躍する―。

 一九五三(昭和二十八)年に発表された「リボンの騎士」の舞台は、歌とダンスが彩る中世ヨーロッパの華やかな王宮。手塚自身が「歌劇体験の総決算」と評したように、それはまさしく「宝塚歌劇」の世界そのものだった。

 

 戦前から戦後にかけて、宝塚市御殿山にあった手塚の自宅周辺は「歌劇長屋」とも呼ばれ、大スター天津乙女ら多くのタカラジェンヌが住んでいた。治虫少年は、熱心なファンだった母親の文子に連れられ、何度も大劇場に足を運んだ。

 きらびやかな衣装、音楽、ロマンス…。いじめられっ子だった少年は、当時の暗い世相を超越して繰り広げられる“夢の舞台”にすっかり魅了された。「チケットを買うために朝五時から並んだ」という熱の入れよう。学校を休んで観劇したこともあり、「ほとんど中毒症状だった」と振り返っている。

華麗な衣装に魅了された手塚。歌劇は作品の中に溶け込んでいた=宝塚市立手塚治虫記念館
 プロデビュー後は歌劇団の機関誌に漫画を描くなど、さらに関係は深まった。手塚作品に登場する人物や風景には、どこかに歌劇の要素を感じさせる。その集大成である「リボンの騎士」は、少女向けでは初のストーリー漫画。「ベルサイユのばら」「キャンディ・キャンディ」など少女漫画の名作は、いずれも手塚の影響を受けている。

 七四年、歌劇化された「ベルばら」は一大ブームを巻き起こす。手塚作品に漂う歌劇の薫りは、多くの後継者と作品を生み出し、歌劇の舞台へと戻っていった。

 

 そして九四年三月、ファン待望の“手塚歌劇”が実現する。歌劇団創立八十周年、手塚治虫記念館開館を記念したミュージカル「ブラック・ジャック 危険な賭(か)け」とショー「火の鳥」。安寿ミラ演じるブラック・ジャックは、原作通り傷跡の残る顔に黒マント姿で、手にはメスを握っていた。

 従来の歌劇のイメージとはかけ離れた、モノトーンの異色の主人公は逆に大きな話題を呼んだ。手塚の死後五年を経ての「歌劇デビュー」は、新たな魅力を付け加えた。

 大劇場近くの手塚治虫記念館では、手塚が十九歳のときに描いた宝塚の大スター春日野八千代の肖像画が今も展示されている。その二人が九九年、第一回の宝塚市名誉市民にそろって選ばれた。

 称号贈呈式で、春日野本人と並んだ夫人の悦子は「春日野さんのファンだった手塚もうれしく思っているのでは」と天国の故人を思いやった。(文中敬称略)

 
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