(掲載日:2002/03/04)
4.医者の使命「命と金」逆説のドラマ

 「あなたの肝臓をほんのちょっぴりもらえませんかね?もしくれるんなら、それで治療代を帳消しにしましょう。ほんとなら一千万円はもらうところなんだが…」  天才外科医ブラック・ジャック(BJ)は、強盗犯を追う途中に両足を複雑骨折した刑事に肝臓提供を依頼する。臓器を移植する患者は重傷を負った強盗犯本人。手術後、互いの素性を知らずに病室で心を通わせる二人。BJは強盗犯の治療代として、彼が強奪した一億円を請求する…。

 手塚治虫の代表作として人気の高い「ブラック・ジャック」。メスを手にさまざまな難病、奇病を治してしまう。一九七三年の連載開始時には治療法としてまだ確立されていなかった臓器移植でさえ例外ではない。肝移植が欧米で普及し始めたのは八〇年代。手塚が描いた近未来医療に時代が追い付いたともいえる。

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 BJの影響で医師になったという小野医院院長=長野県=の小野博正(40)は昨年、仲間の医師と「B・J症例検討会」を結成。天才の素顔を客観的に検証した「ブラック・ジャック・ザ・カルテ」(海拓舎)を発行した。人間ドラマに加え、医学的見地からも内容が濃く、「新たな発見と感動があった」という。

 「人は生きるか死ぬかという状況で初めて本質が出る。法外な治療費で、本人や家族が命の重さをどう考えているかを見極めているのでは」と小野。そこに「命を金に換算することで、逆説的に生命の重さを訴える手塚の思いがあった」と指摘する。

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 大阪大学付属医学専門部を卒業し、医学博士でもあった手塚。医療をテーマにした多くの作品を残し、医学界の閉鎖性、薬漬けの現状に警鐘を鳴らした。同時に、天才外科医の苦悩を描くことで医療の限界も示した。

 幼少時に不発弾事故に遭ったBJは、本間丈太郎医師の尽力で九死に一生を得る。のちに脳出血で倒れた本間を主治医として治療するが、奇跡は起こせなかった。恩師でもある本間の言葉がよみがえる。「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」

 医療の使命について、手塚は「残された命、限られた時間を患者にどう有効に使ってもらうか―が大事なのでは」と説いた。格段に進歩した医療技術。だが、「医者はなんのためにあるんだ」というBJの叫びは、今も私たちの胸に響く。(敬称略)

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