(掲載日:2002/03/05)
5.生命倫理欲望の暴走そして報い

 「みかけは人間でも、人間じゃない所が一カ所でもありゃいいんです」「たとえばへそがないとか」「それなら法律的には人間じゃありません」

 科学技術の発達で、クローン人間をも生み出す二十二世紀。視聴率低迷に悩む「立体テレビ局」のプロデューサーがスポンサーに熱弁をふるう。視聴者がクローン人間の命を狙う新番組が始まった。

 「火の鳥・生命編」の一場面だ。手塚治虫は著書に書いた。「人間は自らの生死を意識してしまったため、ほかの生き物のように無邪気に生き、死んでいけない“業”を背負った」。そして、「とどまるところを知らない欲望の実現を目指し始めた」と。

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 羊、ネコ、ブタ…。現在、体細胞クローン技術を使った動物が次々と誕生している。「生命の芽」ともいえるヒトクローン胚(はい)の研究も進み、発表当時は荒唐無稽(むけい)と評された手塚漫画の世界に限りなく近づいている。倫理的な歯止めは可能なのか。

 「社会から独立した科学技術はあり得ず、常に悪用される恐れがある。科学や技術はいつも経済効率優先の社会に巻き込まれるのだから」

 関西学院大社会学部の奥野卓司教授(51)は指摘する。

 「だからこそ、私たちはクローンを含めた科学や技術の知識を共有し、倫理観を再構築していかないと」

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 「際限ない人間の欲望が、いつか生命の尊厳さえ踏みにじる」という手塚の懸念は、現実になるのだろうか。

 物語は続く。

 皮肉にも自らが複製のモデルになってしまったプロデューサー。気付いたときには、ハント用につくられた自分そっくりのクローン人間とともに、“獲物”として命を狙われていた。

 逃走劇の中、彼は犯した罪の大きさに気付く。先端技術でつくられたクローンと、自然の営みで生まれた自分との間にどれだけの違いがあるというのか。心を持つ同じ人間同士。生命の重みに“複製”などあるものか、と。

 「人間の“善”が“悪”より一歩だけでも先んじていてほしい」―。手塚の願いはラストシーンに刻まれた。

 番組はエスカレートし、ついにクローン人間同士の殺人合戦を企画するに至る。阻止するため、製造工場もろとも自爆するプロデューサー。「(死んだ)彼は本物か、クローンか」との問いに、彼の恋人が叫ぶ。「人間よ。それでいいじゃない」

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