(掲載日:2002/03/07)
7.2つの性「自分探し」内面で葛藤

 天使のいたずらで男と女の心を合わせ持って生まれたサファイア。しかも、従者のミスから、女の子なのに王子として育てられる。やがて、王女であることが露見して国を追われる運命に。ある時は騎士として剣を振るい、ある時は乙女として隣国の王子に恋い焦がれる。

 日本初のストーリー少女マンガとされる手塚治虫の「リボンの騎士」。一九五三年から連載が始まったこの作品は、日常の生活描写が中心だった少女マンガを一変させ、後の「ベルサイユのばら」などの作品にも大きな影響を与えた。

 宮廷を舞台にしたけんらん豪華なストーリーに加え、主人公が二つの性を生きる意外性が読者を引きつける。

 宝塚歌劇で、三十年にわたって演出を担当する酒井澄夫・文芸スタッフ室長は「『リボン―』には、女を男として育て、途中で入れ替わる面白さと悲しさがある」と話す。

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 熱心な宝塚ファンだった母親に連れられ、手塚は少年時代、足しげく大劇場に通う。自宅の隣には大スターの天津乙女が住んでいた。手塚自身も「宝塚へのノスタルジアを込めた作品」と認めている。

 一方で、手塚は他の作品でも、サファイアと同じ二つの性を持つキャラクターを登場させている。その理由について、作家の北杜夫との対談で「少年時代、突然変異で雌雄両方の器官を持つ昆虫の雌雄型に興味を持ったことが影響している」と語っている。

 歌劇の要素と昆虫からの発想。だが、「『リボン―』の面白さはもっと別のところにある」と同志社大文学部の竹内オサム教授(50)は指摘し、続ける。「誕生の時から『自分は何者か』という問いに直面し、悩みながら男と女の性を生きる主人公の内面的葛藤(かっとう)こそが、最大の魅力」

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 サファイアの「女の心」を盗み、自分の娘に飲まそうとたくらむ魔女は問う。「あなたは男になることを望んでいるのでしょう。男の子になれば、お城へ帰ってジェラルミン大公やナイロンともたたかえるでしょう」と。しかし、サファイアは最後に女であることを選び、王子と結ばれる。

 性の境界を行き交う。それは、だれもが無意識のうちに抱く願望かもしれない。サファイアは、男と女に固有の文化の境界を取り払う実験によって、その魅力と苦しみを見せてくれたのではないか。(敬称略)

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