(掲載日:2002/08/14)
2.戦意高揚 きな臭い時代の記録
 燃え盛る聖火、自国勢の健闘にほほ笑むアドルフ・ヒトラー…。戦火のきな臭さが漂い始めた一九三六(昭和十一)年、ドイツ・ベルリンでのオリンピック。手塚治虫の「戦争体験の記録」という大作「アドルフに告ぐ」は、五輪取材に赴いた通信社記者の回想で幕を開ける。三人の「アドルフ」を中心に、舞台は宝塚、神戸からドイツ、中東へ。意表を突く展開とは逆に、史実に基づいた冷酷な描写が、緊張感を高めている。

  ナチス・ドイツを率いたヒトラーが戦意高揚を目的に開いたベルリン五輪。おなじみの聖火リレーも、ナチスを神聖化するための宣伝工作として同大会から始まった。

 ドイツでの兵役を拒否し、代替役務として芦屋市の福祉施設で奉仕活動に励んだフローリアン・ジュプルング(19)は「手塚さんの描写は母国でみた記録映像そのまま。『世界で一番』を印象づけようとした当時のドイツの意図を感じる」と話す。

 十八歳以上の男性に課せられる兵役を拒み、勤労滞在できる「ワーキングホリデー」を利用して昨秋、来日。役務は八月上旬に終了したが、「人を殺す訓練は受けたくなかった。国家、人種間の対立には武器以外の解決方法がある」との信念はさらに強まった。

 ビザを取得した昨年九月十一日に、米国中枢同時多発テロが起きた。「信じられない。第三次大戦が始まるのか…」と不安を覚えた。十代で直面した兵役の選択、そしてテロ。日本では被爆地・広島も訪れた。「他人の命を奪う―ということについて、自問自答を繰り返した」と打ち明ける。

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 大阪大付属医学専門部に入った手塚にも「軍医なら強制徴兵を免れる」との思いがあった。また戦後、アニメに全力を注いだのは、日本にもあった映像での軍国教育を逆手にとり、「子どもに夢と希望を与えたかったから」という。

 二十一世紀。争いは続き、それぞれの「正義」がはびこる。フローリアンは「移民問題などを抱えるドイツにも『きな臭さ』が漂う」と指摘し、こう付け加えた。

 「何があっても銃を手にしてはならない。手塚さんのように、私たちも次世代に語り継いでいかなければ」

(敬称略)

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